お墓参り
学校前
木村永遠
「学校前に行く」
母方の祖父と祖母の家に行く
合図だった
母は
小学校から
ほんの前の家で
生まれ育った
佐賀県杵島郡福富村
干潟の出口から始まる川の近く
六角橋を越えた後に
浮かび上がる
学校前の家の優しさ
佐賀県杵島郡福富村
蓮根と蟹漬け(がんつけ)と
スボタク(藁すぼ)とシャッパ(蝦蛄)が
美味しいところ
ムツゴロウが泥だらけで可愛いところ
佐賀県杵島郡福富村
甘いお米が出来過ぎる位のところ
田んぼに水を引き過ぎたためか
平坦な道を
真っ直ぐに進んでいるだけなのに
車は微妙に揺れる
佐賀県杵島郡福富村
餅すすりが有名なところ
同じ村で育った父は
つき立ての餅の端っこに醤油だけつけて
一気にすすって
あっという間に飲み込んだ
学校前の家で
祖父は
庭に面した窓から降り注ぐ
淡い日差しを頼りに
長男が書いた葉隠れの研究を
ゆっくりと読んでいた
祖父は
東京物語の
笠智衆さんのような雰囲気だった
祖母は何故か父が苦手だった
若い頃の父は
黄色い歯をニヤリとさせて
煙草をくゆらし
砂利道を大きなバイクで走っていた
祖母は三〇二号室のベッドの上で
僕を父と間違えて
「えすか(恐ろしい)」と怯えた
学校前の家の庭には
長崎医科大の学生だった長男の
供養塔があった
手を合わせて黙る祖父と祖母は
原爆投下に責任を感じているようにも
思えた
「東京は何時空襲があるかわからない」
長崎に行かせたことを
長男に詫び続けた
顔立ちの似た孫の私に
長男の思い出をよく話してくれた
「学校前に行く」
母方の祖父と祖母の家に行く合図だった
はず
学校前の家は
ずいぶん前に取り壊された
供養塔と桜の木だけは
未だに残っている
今年の春が来るほんの前に
祖父と祖母の十三回忌が営まれる
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