阪急交通社で九年庵・旧高取邸・虹の松原・雷山千如寺大悲王院(11/22)

にぎにぎ

2017年11月23日 12:54

【九年庵】国の名勝指定(平成7年) 佐賀の大実業家、伊丹弥太郎が明治25年に造った別荘と明治33年から9年の歳月をかけて築いた6,800㎡の庭園。 別荘は入母屋葦葺の屋根に杉腰張りの土壁、竹格子の連小窓や真竹を用いた周りの濡縁など、野趣に富む外観を持ち、材質、色感、意匠、構造などのすべてに、細心かつ充分な吟味が加えられ、茶室と書院の様式を折衷した近世和風の数奇屋建築。 庭園は広く、多くのツツジやモミジ類などが植栽されており、四季を通して美しい景色を描き出している。また、庭一面に広がるコケはまるでじゅうたんを敷き詰めたかのように錯覚してしまう。 毎年春の新緑の時期と秋の紅葉の時期に一般公開。
≪感想≫平日ではあったが、11月15日(水)~11月23日の9日間しか公開していないからか、バスツアー客が多く!雨天だったので傘ばかり見て、ゆっくりと観れなかった。傘の入らない写真を撮るのは難しかった(笑)。堪能は出来なかったが、佐賀県出身の僕としては、訪問出来て良かったと思っている。そして九年庵の奥の【仁比山神社】の方が、ゆっくり歩けた(笑)

【旧高取邸】杵島炭鉱などの炭鉱主として知られる高取伊好(たかとりこれよし)の邸宅。唐津城本丸の西南の海岸沿い、約2,300坪の広大な敷地に大きく2棟の建物が建っている。平成10年12月に国の重要文化財の指定。自宅兼迎賓(げいひん)のために明治38年(1905年)に建てた。大広間棟にある板敷きの能舞台、植物の浮き彫りや型抜きの動物を施した欄間、杉板戸の絵など和風を基調としながらも洋館を設けるなど当時の最新の優れた意匠を見ることが出来、近代和風建築の素晴らしさが堪能出来る。特に藤、山桜、垂れ桜、菊、松、紅葉が描かれた29種類72枚の杉戸絵は京都四条派の絵師:水野香圃(みずのこうほ)が約半年位滞在して描いたと言われている。来賓用の玄関と主人用、家族用と3つも玄関があり、風呂も、家族用と使用人用と別々にある。外にはワインセラーの建物もあり、当時の豪商の凄さを伺うことが出来る。
≪感想≫僕は佐賀県杵島郡白石町福富で生まれたので、杵島炭坑などの炭坑主の邸宅と聞いて、昔は如何に佐賀県は炭坑が繁栄していたのだなと感慨深かった。案内の女性は学者さんの様で、ありとあらゆることを知っていて、とても分かり易かった。写真撮影禁止は文化財保護のためには仕方ないが、邸宅から庭位の写真は許可して欲しかった(笑)

【虹の松原】佐賀県唐津市の唐津湾沿岸に広がる松原。日本三大松原のひとつで特別名勝に指定。幅約500 m、長さ約4.5 km にわたって弧状に約100万本のクロマツの林が続く。面積は約216 ha 。17世紀初頭、唐津藩の藩主である寺沢広高が新田開発の一環として、もともとの自然林から防風林、防砂林として植樹を行った。藩の庇護の下、禁伐の掟(伐採は死罪)はもちろんのこと、燃料としての落葉の採取も厳しい制限が課せられていた。また、藩主の改易や移封により主家が変わっても手厚く管理された。
≪感想≫運転手さんの計らいで、車窓からではあったが、美しい松を見ることが出来た。運転手さん、ありがとう。

【雷山千如寺大悲王院】成務天皇48年(西暦178年)にインドから渡来した僧:清賀上人が開創したと言われる雷山。かつて歴代天皇や天下の武将・豪族の尊崇を集めたというこちらの中腹にある「雷山千如寺大悲王院」は、福岡藩主:黒田継高公が建立したことで知られ、1本の白椿から彫り上げられた4.6mの《木造十一面千手千眼観音像》など見所満載。
≪感想≫見事な真っ赤な紅葉であった。見どころが多かった。《木造十一面千手千眼観音像》以外は、写真撮影許可だったので嬉しかった(笑)。

〔最後に〕
この時期で無いと入れない九年庵をメインにした人気のツアーだったので、平日なら人が少ないと思って申し込んでいた。まさか?雨天とは、そして、九年庵は、こんなに人が(傘)が多いとは?九年庵観光は、不完全燃焼ではあったが(笑)、他は、見どころが多く!大変素晴らしいもの≪紅葉狩り≫であった。*阪急交通社さん、ドライバーさん、添乗員さん、ガイドさん、交通整理さんなど、関係者の皆様、「どうも、ありがとうございました」


 

  

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