紫陽花の願い
長崎に原子爆弾が落ちてから
ナガサキに行った
長崎大学医学部の学生だった伯父に
逢いたかったから
平和公園の逞しい筋肉像の前で
瞳を閉じた
シーボルト記念館には2回行った
さだまさしさんの詩のフレーズにあった
「蛍茶屋」の美しい地名に
魅了されていたから
路面電車の終点の「蛍茶屋」で降りて
シーボルト記念館には2回行った
昨日車で
流れっ放しにしてるFMの声が
「シーボルトさんは紫陽花が好きだった」と
言っていた
紫陽花は四片の小ささが
たくさん寄り添って
丸い笑みをはっきりとさせている
雨に負けない様に
小さな四片の「ことのは」を引っ付かせて
満面に元気さをみなぎらせている
シーボルトさんはオランダに帰された
シーボルトさんは紫陽花の美しい花弁を
オランダで語り続けた
残して来た娘の名前は「いね」
私の祖母の名前も何故か「いね」
シーボルトさんは医者としての人生を全うした
洋一郎伯父さんは医学の勉強途中で泣きました
最初に黒い雨が降って
ヒロシマになった8月6日
再び黒い雨が降って
ナガサキになった8月9日
黒い雨は要らない
絶対に永久に要らない
紫陽花の丸い笑みを
しっかりと見せてくれる
小さな四片の「ことのは」が
寄り添って固く誓う
「透明な雨しか要らないのです」
私の願い
そしてみんなの絶対の
永久の願いなのです
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