70年経っても「あの痛ましい熱さは消えない」
長崎が一番熱くて
一番涙した日
木村永遠
蝉が ジージ ジージ ジージ … … …
暑い 暑い 暑い … … …
八月九日に 母の兄は 散った
あの爆弾が落とされたときは
夏の日差しの暑さどころではなかった
あの爆弾が落とされたときは
夕立の稲妻の眩しさどころではなかった
自分に向かって まっしぐらに進んでくる
とてつもなく大きい光の束
熱くて 痛くて 眩しくて
目を開けることさえ出来なかっただろう
「熱いよ!痛いよ!水をくれ!!」
母の兄は 東京に行きたかった
祖父母は
「東京は空襲でいつ命を落すか分からない」
息子が 長崎で医学を勉強することを望んだ
あの爆弾が落とされた翌日から
祖父母は 息子を捜しに長崎に入った
息子も 医学部の建物も 跡形とて無く
本人の持ち物が焼けずに残っていただけ
亡骸さえ見つからない!
息子を 長崎に行かせたことに
祖父母は 自分を責めた
庭に供養塔を作って 毎日手を合わせた
孫の私が「息子に似ている」と言って
私に息子の面影を追った
蝉が ジージ ジージ ジージ … … …
蝉は 元気いっぱいだ
「洋一郎伯父さん!
私は 穏やかな平和を守り続けて
生きていきます
長崎が一番熱くて一番涙した日 を
心に 深く 刻みながら」
関連記事