第11回 平和のともしび
今日は地元の神輿を家で待つのはやめて、
(ごめんなさい)
妻の実家の大分県宇佐市に行った。
妻の実家で酔っぱらった後は、
大分県立歴史博物館に寄って、
久し振りに宇佐神宮を、ゆっくりと回った。
国際交流?までした。
そして、19:30~「城井1号掩体壕」での、
「第11回 平和の灯」に参加した。
平和をすっと維持していきたい気持ちが高まる
とても素晴らしいとても厳かでとても美しい
祈りの式典だった。
滑走路
木村永遠
毎年お盆に
妻の実家の宇佐市上乙女に
向かって走る車は
スピードを落とさないと
今にも飛び上がりそうになる
宇佐海軍航空隊・特別攻撃隊
昭和二十年四月六日・四月十二日・
四月十六日・四月二八日・
五月四日と五回もの出撃
八一機・一五四名もの
尊い命が木端微塵
千八百メートルも続く
真っ直ぐさは
飛行機乗りの心を
如何に操縦していたのだろうか
瀬戸内型の穏やかな気候に包まれて
神からも守られている此の土地に
およそ七十年前には
取り返すことの出来ない
やるせなさがあったとは
海軍の真っ白な制服が誇らしげだった
母の兄でさえ
米寿を迎えた席で言っていた
「長崎の原爆で亡くなった
長兄の骨らしきものを拾った時でさえ
涙が出なかった
戦争は悲しみさえも凍らせる」
掩体壕を左右に見ながら
滑走路を左に曲がって
一式陸上攻撃機の誘導路を
走り切った
ほっとした心に
妻の実家が見えて来る
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