2015年01月27日

クローズアップ現代「詩人・吉野弘の心」

今日の午後7時半からのクローズアップ現代(NHK総合)は、
現代人への〝応援歌〟詩人・吉野弘の心」だった。


作:吉野弘


祝 婚 歌

二人が睦まじくいるためには
愚かでいるほうがいい
立派すぎないほうがいい
立派すぎることは
長持ちしないことだと気付いているほうがいい
完璧をめざさないほうがいい
完璧なんて不自然なことだと
うそぶいているほうがいい
二人のうちどちらかが
ふざけているほうがいい
ずっこけているほうがいい
互いに非難することがあっても
非難できる資格が自分にあったかどうか
あとで
疑わしくなるほうがいい
正しいことを言うときは
少しひかえめにするほうがいい
正しいことを言うときは
相手を傷つけやすいものだと
気付いているほうがいい
立派でありたいとか
正しくありたいとかいう
無理な緊張には
色目を使わず
ゆったり ゆたかに
光を浴びているほうがいい
健康で 風に吹かれながら
生きていることのなつかしさに
ふと 胸が熱くなる
そんな日があってもいい
そして
なぜ胸が熱くなるのか
黙っていても
二人にはわかるのであってほしい


生命は

生命は
自分自身だけでは完結できないように
つくられているらしい
花も
めしべとおしべが揃っているだけでは
不充分で
虫や風が訪れて
めしべとおしべを仲立ちする

生命はすべて
その中に欠如を抱き
それを他者から満たしてもらうのだ

私は今日、
どこかの花のための
虻(あぶ)だったかもしれない
そして明日は
誰かが
私という花のための
虻であるかもしれない


虹の足

雨があがって
雲間から
乾麺みたいに真直な
陽差しがたくさん地上に刺さり
行手に榛名山が見えたころ
山路を登るバスの中で見たのだ、虹の足を。
眼下にひろがる田圃の上に
虹がそっと足を下ろしたのを!
野面にすらりと足を置いて
虹のアーチが軽やかに
すっくと空に立ったのを!
その虹の足の底に
小さな村といくつかの家が
すっぽりと抱かれて染められていたのだ。
それなのに
家から飛び出して虹の足にさわろうとする人影は見えない。
―――おーい、君の家が虹の中にあるぞォ
乗客たちは頬を火照らせ
野面に立った虹の足に見とれた。
多分、あれはバスの中の僕らには見えて
村の人々には見えないのだ。
そんなこともあるのだろう
他人には見えて
自分には見えない幸福の中で
格別驚きもせず
幸福に生きていることが―――。


夕焼け

いつものことだが
電車は満員だった。
そして
いつものことだが
若者と娘が腰をおろし
としよりが立っていた。
うつむいていた娘が立って
としよりに席をゆずった。
そそくさととしよりが坐った。
礼も言わずにとしよりは次の駅で降りた。 
娘は坐った。
別のとしよりが娘の前に
横あいから押されてきた。
娘はうつむいた。
しかし
又立って
席を
そのとしよりにゆずった。
としよりは次の駅で礼を言って降りた。
娘は坐った。
二度あることは と言う通り
別のとしよりが娘の前に
押し出された。
可哀想に
娘はうつむいて
そして今度は席を立たなかった。
次の駅も
次の駅も
下唇をキュッと噛んで
身体をこわばらせて-----。
僕は電車を降りた。
固くなってうつむいて
娘はどこまで行ったろう。
やさしい心の持主は
いつでもどこでも
われにもあらず受難者となる。
何故って
やさしい心の持主は
他人のつらさを自分のつらさのように
感じるから。
やさしい心に責められながら
娘はどこまでゆけるだろう。
下唇を噛んで
つらい気持で
美しい夕焼けも見ないで。


和合亮一さんは、饒舌だった。
和合さんは『混迷している現代で、
吉野さんの変わら眼差しが求められている。
吉野さんの眼差しは、
「善悪のいづれかに一方にその人を押し込めないことです」
然しながら、
現代では善悪をはっきり区別し満足している』と指摘した。

和合さんは『「夕焼け」という詩にあるように、
「優しい心の持ち主が傷ついている。
それを見て手を差し伸べたいのに差し伸べられない
この空気感はまさに現代と一致する」
吉野さんは、
「詩」というものは寺子屋のように
人々が膝をつけ合わせて語る大切さを教えようとしている』と語った。


にぎにぎの感想
人を「善か悪か」の2色でしか区別してないことが大問題。
一個人は、善の時もあるし、悪の時もある。
善だと思ってしたことが、悪だと思われることもある。

和合さんは「夕焼け」という詩にあるように
『優しい心の持ち主が傷ついている。
それを見て手を差し伸べたいのに差し伸べられない
この空気感はまさに現代と一致する。
吉野さんは、
「詩」というものは寺子屋のように
人々が膝をつけ合わせて語る大切さを教えようとしている』と語った。

吉野弘詩の作品を通して思う事。
詩は「言」+「寺」
いまこそ寺子屋的な師と弟子。
詩を通して言葉の温もり。
それが大切だと。

じたばたしてばかりの僕は、
吉野弘詩の様に、
人の心の真実を冷静に表す詩を、
書けそうもない。
出来ることといえば、
言葉を繕う前に、心を繋ぎ合せようとすること位?



クローズアップ現代「詩人・吉野弘の心」
大在埠頭



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